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東京地方裁判所八王子支部 昭和38年(ワ)529号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

(一)  被告らは、株式会社横河電機製作所(以下「横河電機」という)に対し、それぞれ金四三二五万円および各内金五〇〇万円に対する昭和三八年一一月二六日から、各内金三八二五万円に対する昭和三九年七月一七日から、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決。

二、被告ら

(本案前の申立)

(一) 本件訴を却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

(本案について)

主文同旨の判決。

第二、本案前の申立についての主張と答弁

一、申立の理由

(一)  本訴は商法第二八〇条ノ一一第二項に基く株主の代表訴訟であるところ、原告は、後記本件新株発行の日の後である昭和三六年三月一五日に当該新株を取得した者であるがこのような株主は、右訴を提起する適格を有しない。

思うに、商法第二八〇条ノ一一において、不公正発行価額による株式の引受人に追出資義務を負わせたのは、右発行により損害を蒙る旧株主の利益を保護するためであるから、原告のような新株の株主は、同条に基く追出資を求める訴を起す利益がないものというべきである。

(二)  仮に、右訴を起す権利が新株の株主にも認められるとしても、原告の本訴提起は、権利の濫用として排斥されるべきである。

すなわち、原告は、本訴の提起に先立ち、横河電機を被告として、本訴と同じく昭和三六年一月二六日の新株発行につき右発行無効の訴を提起したほか六件の同種の訴を提起しているが、いずれの場合も、原告以外の株主からはその効力につき全く問題とされず、何らの異議もなかつた。ところが、原告は、いずれの場合にも問題となつている新株の発行当時には株主でなく、当該発行会社とは何の関係もなかつた者であり、したがつて、新株発行により何の利益も害されていないのに、新株の発行後に、右新株につき買取引受契約の行われたことを知り、もしもその契約が違法であるとするならば、健全な投資家は取得を避けるはずであるにもかかわらず、むしろ同契約のあつた会社の僅少の株式を物色して取得し、それぞれ右新株発行無効の訴を提起した。そして、原告は、横河電機を被告とする前記新株発行無効の訴に敗訴するや同一事実に基き趣を変え、ほこ先を転じて本訴に及んでいる。してみれば、本訴の提起は、原告だけの興味ないし特別な目的のためになされたものであることが明らかであり、このように不誠実な株主権の行使は、権利の濫用であつて許されない。

二、答弁

(一)  被告らの主張事実第(一)項のうち、主張の日に原告が株主となつたことは認める。なお、右は、訴外木嶋正邦から当該新株一〇〇株の譲渡を受けたことによるものである。

(二)  同第(二)項のうち、主張のような訴訟七件を原告が提起したこと、右訴訟の対衆である新株の発行当時原告が当該会社の株主でなかつたこと、原告が横河電機を被告とする前記訴訟に敗訴したことはいずれも認めるが、その他の事実を否認する。

第三、請求原因

一、横河電機は、昭和三六年一月二六日新株式(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)一六九〇万株を発行したが、そのうち一五〇万株は公募と称して、株主以外の者である被告らに対し、後記買取引受契約に基き各七五万株を発行した。

二、被告らは、次のとおり、横河電機の取締役らと通じて、著しく不公正な発行価額で右新株を引受けたものである。

(一)  横河電機は、昭和三五年八月二四日の取締役会で、前記新株一六九〇万株を発行してそのうち一五〇万株を公募する旨を決議し、さらに、翌三六年一月九日の取締役会で、右一五〇万株を一株三二〇円の発行価額で被告らに買取引受させる旨を決議したうえ、同日被告らとの間で別紙契約証書(写)記載の買取引受契約を結んだ。

被告らは、右契約に従い、申込期日である同月一六日までに各被告ら名義の各七五万株の新株申込証を取扱銀行に提出し、同月二六日の払込期日に一株三二〇円の割合による払込をして、各七五万株の株主となつた。

ところで、右買取引受契約は、被告らに新株引受権を与えるものであるから、横河電機は、商法第二八〇条ノ二第二項(昭和四一年六月一四日法律八三号による改正前のもの、以下同じ)による株主総会の決議を経なければならないのに、被告らは、横河電機の取締役らを教唆して、右総会の決議を経ることなく、取締役会の決議だけで本件新株の発行をなさしめ、これを引受けたものである。

(二)  横河電機の取締役会が本件新株発行の決議をした昭和三六年一月九日における同会社の株式の東京証券取引所での引値は、一株三七〇円であるのに、右新株の発行、引受価額は一株三二〇円であり、さらに、被告らは、引受手数料の名目で横河電機から一株につき金九円の交付を受けている。したがつて、実質引受価額は一株三一一円であり、時価よりも一株につき金五九円も低い右発行引受価額は著しく不公正な価額である。

しこうして、公正な価額とは、横河電機のように証券取引所に上場されている株式については、発行価額を決定する日、あるいは買取引受契約成立の日(引受期日)における証券取引所に表われた株価でなければならない。何となれば、ほんらい株価の動向を正確に予測することは不可能であるがゆえに、右時点における時価こそは需給関係をもつとも客観的に示しているといえるからである。なお、本件新株発行後、現実に横河電機の株価がいわゆる鰻登りの著しい上昇を示し、昭和三七年二月一四日には発行価額決定時の二倍以上に暴騰した結果を見ても、右発行、引受価額が著しく不公正であつたことが窺われるのである。

よつて、被告らは、商法第二八〇条ノ一一により、横河電機に対し、前記時価一株三七〇円との差額金五九円に引受株数七五万を乗じた金四三二五万円を、それぞれ支払う義務がある。

三、さらに、商法第二八〇条ノ一一にいわゆる「著しく不公正なる発行価額をもつて株式を引受けたる者」とは、適法に新株引受権を付与されて引受人となつた者というのであつて、被告らは、本件新株発行が商法第二八〇条ノ二第二項に違反して行われた事実を知悉していた悪意の引受人であるから、「著しく不公正な価額」による発行かどうかの判断に立入るまでもなく、前項の差額を支払う義務がある。

四、原告は、昭和三六年三月一五日訴外木嶋正邦から横河電機の新株一〇〇株の譲渡を受けた株主であり、昭和三八年一〇月三日横河電機に到達の書面をもつて、被告らに対し右二、(二)の金員の支払を求める訴を提起するよう請求したが、横河電機は、その後三〇日以内に右訴を提起しない。

五、よつて、原告は、商法第二八〇条ノ一一、第二六七条第二項に従い、被告らに、それぞれ四三二五万円および各内金五〇〇万円に対する右支払義務発生(払込期日の翌日)の後である昭和三八年一一月二六日から、各内金三八二五万円に対する右支払義務発生の後である昭和三九年七月一七日から、それぞれ完済まで年五分の割合による遅延損害金を、横河電機に対し支払うことを求める。

第四、請求原因に対する答弁と被告らの主張

一、請求原因第一項の事実のうち、横河電機が被告らに対し買取引受契約に基き各七五万株を発行したことは否認し、その他を認める。

二、同第二項冒頭の事実は否認する。

(一)  同項(一)のうち、第一段の事実は認める。第二段中被告らが各七五万株の株主となつたことを否認し、その他の事実は認める。

被告らは、本件の買取引受契約により、右各七五万株を引受け、株主となつたものではない。

すなわち、本件の買取引契約は、株式会社が新株を発行するに際し、株主公募の方法として、証券会社に株主募集の取扱を委託し、公募に対する株式申込の勧誘を担当させるとともに、募集残株がある場合、証券会社にこれを引受ける義務を負わせること(証券取引法第二条第八項第六号の有価証券募集の取扱と、同項第四号の有価証券の引受「同条第六項中の、他に有価証券を取得する者がない場合にその残部を取得する、に該当する」をなさしめること)を約する契約であり、被告らは、自ら株式を保有するためではなく、証券取引法に基く業務としてこれをなしたものに過ぎないから、会社法上の株式引受人となつたものではない。そして、右契約にあつては、新株の売出要項が定められ、これに従つて証券会社が新株を売出すことを約しているが、右要項によれば、売出期間は新株の払込期日前であり、売出価額は発行価額と同一であつて、総額引受すなわち証券会社が一たん一括引受により新株の発行を完了させておいて、新株の効力発生後適当な時に証券会社が自由にかつその責任において株式を売出す関係とは性格を異にするものである。また、募集残株が生じた場合のことにつき買取引受契約書の文言上は明らかではないが、証券会社が右残株を引受ける義務のあることは、新株の募集を委託された当然の結果として、暗黙のうちに約定されているのである。

もつとも、買取引受の場合、株式申込証の申込人欄には募集を取扱つた証券会社の名を記載しているが、このゆえをもつて証券会社をして当該新株の原始株主となすのは妥当でなく、応募者が当初より株式の所有権を原始的に取得するのである。この場合、証券会社は、応募者のために、その代理人として自己の名を記載しているのであつて、その効果は本人である応募者に生じているのであるから、証券会社名義で申込をしていても、買取引受の実質が募集の取扱であることに変りはないからである。

ところで、証券会社の名をもつて株式申込証を作成することとしたのは、募集事務の簡素化の一方便であつて、この点にこそ買取引受の実際的意義がある。何となれば、不特定多数の応募者が各自その名義で新株を引受けるとすれば、これら名義の株券の調製が長引き、交付が遅れるが(株主平等の原則の関係上、公募分のみならず、株主割当分についても、株券の交付が一〇日以上おくれることになる)このことは、投資の回収を遅らしめ、投資者に損失を与えるのみならず、ひいては、株式投資により資金調達をはかる発行会社にとつても得策でない。ところが、これらの者の株式を証券会社名義で引受けるならば、株券は払込期日前に調製することができ、払込期日後間もなく交付することが可能になるのである。かようにして、本件においても、被告らが横河電機の株主名簿に株主として記載され、また発行される株券にその名が記載され、これを応募者に交付する場合に裏書譲渡の形式をとつてはいるが、これらは、応募者に代り被告らの名において株式申込証による申込、払込をした当然の結果であり、単なる形式上の措置にすぎず、真の株主は当初より応募者なのである。

なお、このことは、有価証券の募集もしくは売出をなす場合には、発行者は当該有価証券に関し大蔵大臣に届出をしなければならないが(証券取引法第四条)、本件のように買取引受により新株を発行する場合には、売出のための届出書を提出するのではなく、募集のための届出書を提出することとされていること、応募者の払込に対して被告らが「株券預り証」を交付していること、また被告らは通常の株式売買の場合のように、応募者から売買委託手数料を徴することなく、かえつて、発行会社である横河電機から一株につき金九円あての引受手数料を取得していることからしても明らかである。

同第三段中横河電機が主張の決議を経ていないことを認め、その他の事実は否認する。

(二)  同項(二)のうち、株式引値、発行、引受価額、被告らの受領した手数料が、いずれも主張の額であることは認めるがその他を否認する。

被告らが本件新株の株式引受人となるものでないことは前述のとおりであるが、仮にそうでないとしても、右株式の引受は、次のとおり公正価額によるものであるから、被告らは商法第二八〇条ノ一一による責任を負うものではない。

1、一般に「発行価額」の決定にあたつては、発行価額を高くし過ぎると、新株の募集が困難となり、ひいては増資が不成功に終る恐れがあるとともに、他面これを低くし過ぎると、募集は容易になるが、発行会社の資金調達が低額に押えられることになるので、これらの相反する二つの要請を調和せしめることがその本旨となる。

2、したがつて、新株式の完全消化可能性ということが一つの眼目となるわけであるが、新株募集を可能にするためには、当然発行価額が新株券交付日における株価より低額であることを要する点で、該期日における株価が重要な意義をもつて来る。

ところが、現実には、新株募集については、取締役会の発行価額決定後、証券取引法に基く届出の手続等のために、約一四日ないし二〇日間を要するところから、発行価額の決定にあたつては、その決定時点より一四日ないし二〇日間先の新株券交付日における株価を予想し、これを発行価額決定の重要な一つの基準とすることになる。

3、さらに、右は発行新株が流通過程に入る以前の発行段階における価額であるが、現実の流通市場における株価がその需給関係によつて形成されるのと異なり、新株の発行があると、大量の株式の新規供給がなされる結果、株価構成が根底から崩れることになる。この意味から、発行会社の業績、資産内容、発行される新株の数、発行後の株式の利回り、株価収益率等発行後の株式の実質的価値を考慮する必要がある。

4、かくして、具体的には、公募新株の価額決定の直近時の終値、最近一週間の終値平均および最近一ケ月間の終値平均の三者を単純平均し(前記公募価額決定から株券交付までの期間における株価の変動を予測し、なるべく客観性のある価額を得るため)、これから払込の時期によつて生ずる新旧株の配当差を調整して得られた価額を基準とし(払込期日が、新旧株に配当金の差を生ずべき中間期にあたつている場合には、新株については配当差を差引いて修正する必要がある)、これからさらに一〇ないし一五パーセント程度を減額して(前記のとおり公募価額決定後、株券上場までに日数を要し、その間、株価は市場一般の動向、当該企業の業績、発行される新株券の多寡等の諸要因により変動するものであるから、これらを総合して修正する必要がある。)、募集可能な範囲内でできる限り高い価額を定めるという理念のもとに決定されている。

5、ところで、横河電機の本件新株発行は、以上のような価額決定方法により、公募価額を決定したものである。

すなわち、発行価額の決定は、発行会社取締役会の専決事項ではあるが、証券市場の現状、見通し、募集可能性、株価予測等高度の専門的知識を必要とするため、発行会社は証券会社の意見を参考に徴するのを通例としているが、本件においては、被告らが、昭和三六年一月七日横河電機に対して発行価額は一株三二〇円位とするのが妥当である旨具申し、横河電機の取締役会は、右価額を参考として公募価額を一株三二〇円とする旨決定したしこうして、被告らが右意見を具申するに至つた根拠は次のとおりである。

(1) まず、前記4.による一応の目安としての基準額は、決定日前日(昭和三六年一月六日)の終値が三六五円決定日前一週間(昭和三五年一二月二六日から昭和三六年一月六日まで)の終値平均が三五九円一七銭、決定日前一ケ月間(昭和三五年一二月七日から昭和三六年一月六日まで)の終値平均が三五〇円二七銭でありこの三者を単純平均すると三五八円一五銭となり、これから更に新株式の払込期日が期中であつたから配当差二円四一銭を差引くと三五五円七四銭となつた。

(2) さらに、株価の変動を予測し、これを発行価額決定にあたつて考慮しなければならないが、これには、

イ、株式市況の現状、見通しについての国際、国内両経済面からの検討の結果、昭和三五年に打出された米国のドル防衛策の影響により、国際貿易は縮少の方向にむかう懸念があり、国内経済の見通しとしては、消費景気が旺盛なことは予想されたものの、昭和三四、三五年と続いていた一般の高水準な設備投資、ことに昭和三六年一月から三月にかけての増資額が大量であつたことから、市場の需給関係のバランスが変化するとの見方が強かつたこと。

ロ、横河電機の業績に不安はなかつたが、その株価動向としては、人気化していたため、急落する可能性も強かつたこと、ことに過去六年間における一ケ月以内の下落率の大勢が一〇ないし一四パーセントに集中していたこと。公募株の消化可能性を予想するうえで参考になる売買出来高は、昭和三五年九月から同年一二月まで一日平均一九万三〇〇〇株であつたのに比し、本件公募株数一五〇万株は大量でありこれを売出期間で消化するためには、発行価額を相当程度低く定める必要があるものと予想されたこと

等を修正要因として考慮した。

(3) その結果、次の三点に基準を置いた。

イ、前記基準価額から最低一〇パーセントの値引をする必要のあること。

ロ、決定日前一ケ月間の最安値より低く決めること。

ハ、右期間中の株価変動率より値引率を大きくすること。

右によると、前記(1)により一応の基準価額は三五五円七四銭であるから、その一〇パーセント引は三二〇円一七銭となり、過去一ケ月間の安値は昭和三五年一二月一三日の三三七円、株価変動率は七・七パーセント(高値は昭和三六年一月六日の三六五円、安値は昭和三五年一二月一三日の三三七円)で、右三五五円七四銭の七・七パーセント引は三二八円三五銭となつた。

そこで、右三つの価額以下に見績るとして公募価額は三二〇円にするのが妥当であるとの結論に達した。

6、横河電機は、被告らの以上のような意見を検討し、昭和三六年一月九日の公募条件決定の取締役会で公募価額を三二〇円と決定し、同月一一日、これを有価証券届出書の訂正届出書に記載して大蔵省に提出し、同庁もこれを受理したのである。

7、したがつて、以上の公募価額決定の根拠ないし経過によれば、原告が、本件において、決定時における取引所の株価を基準として、発行価額がそれを下回る限り不公正なる発行価額であると主張し、あるいは決定後の株価上昇の事実を捉えて「著しく不公正」なりと主張するのは、いずれも右の新株発行における問題の本質を無視するものであつて失当である。

8、また、発行会社は、証券会社との買取引受契約を締結するに際し、引受手数料の支払を約束するが、引受手数料は、証券会社に募集の取扱をさせたことに対する報酬であつて、株式の発行価額とは全く別個のものである。したがつて、原告が、本件における引受手数料を株価不公正の一要素のごとく主張しているのも誤りである。

第五、証拠(省略)

理由

第一、本案前の申立について

一、原告に本件代表訴訟を提起する当事者適格がないとの主張について

(一)  原告が、本件新株発行の日の後である昭和三六年三月一五日横河電機の株主となつたことは当事者間に争いがなく、また右が訴外木嶋正邦から当該新株一〇〇株の譲渡を受けたことによるものであることは、原告の自認するところである。

(二)  ところで、商法第二八〇条ノ一一第一項の訴を提起し得る株主は、同条第二項が同法第二六七条第一ないし三項を準用するところにより、会社に対して右訴の提起を請求する日の六月前より引続き株式を有する株主であることをもつて足り、法文上、訴の対象となる事実発生以前の旧株主に限定されるような規定が存在しないのみならず、右訴の性質より考察しても、これにより支払われる差額金は、実質上追出資の性格をもつものとして、会社の資本ないし資本準備金に組入れられることを要するものと解せられるから、その結果は、旧株主のみならず、新株の株主に対しても利害関係を及ぼすことが明らかであり、原告に当事者適格がないとする被告らの主張は理由がない。

二、原告の本訴提起が権利の濫用として許されないとの主張について

(一)  原告が、本訴の提起に先立ち、横河電機を被告として、本訴と同じく昭和三六年一月二六日の新株発行につきその発行無効の訴を提起したほか同種の訴六件を提起したこと原告は、いずれの場合にも、訴訟の対象である新株の発行当時には株主でなかつたこと、原告が横河電機を被告とする右各訴訟に敗訴したことは当事者間に争いがない。

(二)  ところで、右の事実と前記一、(一)の事実その他被告ら主張のような事実があるとしても、それだけではただちに本訴の提起が権利の濫用にあたると断定するには足りないし、その他本件全証拠によるもこれを認めることができない。したがつて、本訴を訴権の濫用として排斥すべきものとする被告らの主張も理由がない。

第二、本案の請求について

一、請求原因第四項の事実は当事者間に争いがない。

二、被告らが本件新株を引受けた者に該当するかどうかについて

(一)  横河電機が、昭和三五年八月二四日の取締役会で、新株式(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)一六九〇万株を発行してそのうち一五〇万株を公募する旨決議し、さらに、昭和三六年一月九日の取締役会で、右一五〇万株を一株三二〇円の発行価額で被告らに買取引受させる旨を決議したうえ、同日被告らとの間で、右各七五万株あてについて別紙契約証書(写)記載の買取引受契約を締結し、ついで同月二六日右新株式を発行したこと、被告らが、右買取引受契約に従い、申込期日である同月一六日までに、各被告ら名義の各七五万株の新株申込証を取扱銀行に提出し同月二六日の払込期日に一株金三二〇円の割合による払込をしたことは、当事者間に争いがない。なお、右の各申込に対し割当がなされたことは、弁論の全趣旨により明らかである。

(二)  また、右各七五万株の新株について、横河電機の株主名簿および発行される株券には被告ら各証券会社の名が記載され、それらの株券を応募者らに交付するには裏書譲渡の形式によつたことは、被告らの自陳して争わないところである。

三、してみると、前項の事実関係のもとにおいては、被告らはそれぞれ右新株各七五万株の株式引受人となつたものというべきであつて、応募者らがこれを引受けたものとする被告らの主張は採用の限りでない。

けだし、株式申込が要式行為とせられ、株式引受行為を確実ならしめることが要求されている趣旨等に照しても、かように認定するのが相当であるし、買取引受契約の経済的な目的、機能がどのようなものであつても、これにより法律的な性質までも変るものでないことは勿論であるから、その実質的な機能、性質に着目してことを論ずるとしても、自ら限界があるといわねばならないからである。乙第九号証と証人浅地芳年、同横山友三郎、同高井靖治の各証言中右認定に反する部分は採用できない。

なお、被告らは、証券取引法に基く業務としての募集の取扱と引受をなしたに過ぎないと主張するけれども、会社法上の株式引受と証券取引法上の業務行為とが併存し得ないものでもないから、このことは右認定の妨げとならない。そして被告らの主張するその他の事実があるとしても、いまだ右認定を左右するに足りない。

四、本件新株が「著しく不公正な価額」で発行されたものかどうかについて

(一)  横河電機の取締役会が、本件新株発行の決議をした昭和三六年一月九日における同会社の株式の東京証券取引所での引値が、一株三七〇円であつたこと、右新株の発行、引受価額は一株三二〇円であり、また被告らが、引受手数料として、横河電機から一株につき金九円の金員の交付を受けたことは、当事者間に争いがない。

(二)  しこうして、成立に争いのない乙第八、九号証、第一四号証の一ないし七の各一、二、第一五号証の一、二、第一六号証の一ないし三の各一、二、同号証の四の一ないし三、第一七号証の一の一ないし六、同号証の二ないし三の各一、二、同号証の四の一ないし三、同号証の五の一、二、同号証の六の一ないし三、第一八号証の一ないし一二、第一九号証の一の一ないし五、同号証の二、三の各一、二、同号証の四の一ないし三、同号証の五ないし六の各一、二、同号証の七の一ないし三、第二二号証の一、二の各一ないし三、同号証の三の一ないし五、同号証の四の一ないし三、同号証の五ないし八の各一、二、第二三ないし二六号証、第三二、三三、四一、四二号証と証人横山友三郎、同高井靖治の各証言ならびに弁論の全趣旨を綜合すると、被告らの主張第四、二、(二)の1、ないし6、の事実を認めることができる。

(三)  ところで、公募による新株発行を実践するうえで、株式市場における株価変動等による制約を受けること、ことに新株発行の場合には、株式市場に対し新たな供給がなされる結果、従来の需給関係に根本的な変動を生ずる可能性があり、これを無視し得ないことが明らかであるから、右認定事実における本件発行価額算定の方法は、一応合理的な根拠があるものとすることができる。したがつて、このような方法と経過により決定された本件発行価額も、他に特段の理由がない限り、一応公正な価額と推認することができる。もとより、発行価額は、個々の事例に応じて具体的に決定されるべき性質のものと考えられるから、右のような算定方法によつた場合であつても、なお著るしく不公正な発行価額であるとの謗りを免れないこともあろうが、本件においては、かような特段の理由を認めて、右認定を覆すべき証拠はない。

原告は、発行価額を決定する日、あるいは買取引受契約成立の日(引受期日)における証券取引所に表われた株式時価を基準とし、発行価額がこれと一致することを要するとして、決定時以後の株価上昇の事実をもその主張の根拠にするけれども、証券取引所に表われた株価が、当該株式の一応客観的な価額を示すものであるとはいい得ても、公募による新株の発行を前提とする限り、本件における発行価額の算定方法が一応首肯し得るものであることは前述のとおりであるから、原告の右見解は独自のものであるというほかはなく、採用することができない。

また、原告は、被告らの取得した引受手数料をもつて、引受価額不公正の一要素とし、これを発行価額から控除した価額をもつて考察の対象とすべきであると主張する。しかしながら、成立に争いない乙第一号証と証人横山友三郎同高井靖治の各証言によると、右手数料は、被告らに対し横河電機のために新株募集等の事務を処理したことに対する報酬として支払われたものであること、そして、被告らは、通常の株式の委託取引におけるように応募者から手数料を徴収することはしていないことが認められる。のみならず、弁論の全趣旨によると、横河電機が、本件のような買取引受によることなく、自ら募集事務を行うとするならば、当然そのための経費を必要とするものと認められ、ほんらい同会社がその事務処理のために自ら負担すべきであつた経費の一部を、同会社のために事務を処理した被告らに支払つたに過ぎず、したがつて、その部分に関する限り実質的には同会社にもたらされる収入に変りはないものと認められる。もつとも、募集残株が生じた場合に、被告らがこれを引受ける義務のあることは、被告らの自認するところであるところ、証人横山友三郎の証言によると、証券会社は一般に引受価額に応じた手数料を取得していることが認められ、また成立に争いない甲第二七号証によると、引受手数料の中に、株価下落に対する一種の危険負担料の含まれている事例のあることが認められるので、これらの事実からすると、本件の引受手数料の内にも、一部右のような危険負担料の含まれていることが考えられないではないが、仮りにそうであるとしても、本件引受手数料の金額自体よりみて、結論を左右するほどのものとは考えられない。しこうして、一株につき金九円の手数料が不相当に高額なものであることを認めるべき証拠もないから、右手数料の額相当な範囲内のものであり、結局発行価額とは別個のものといえるから、この点に関する原告の主張もあたらない。

五、以上のとおりであつて、本件全証拠によるも、本件公募による新株発行が「著しく不公正な価額」によるものであることを認めることができない。

六、なお、請求原因第三項の主張は、かように解すべき根拠に乏しく、原告独自の見解というほかはないから、採用の限りでない。

七、してみると、原告の本訴請求は、その余の事項についての判断に立入るまでもなくすべて理由がない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

契約証書

株式会社横河電機製作所(以下甲と称する)は、昭和三十五年八月二十四日および昭和三十六年一月九日開催の取締役会の決議に基き新たに発行する株式壱千六百九拾万株のうち壱百五拾万株(以下本株式と称する)を公募するにあたり、野村證券株式会社および大和證券株式会社(以下乙と総称する)との間に左記条項を契約する。

第壱条 乙は、本株式壱百五拾万株を壱株につき金参百弐拾円の割合で甲より買取引受のうえ、第参条に定める要項により売り出すものとする。

第弐条 乙各自の買取引受株数は左のとおりとする。

野村證券株式会社  七拾五万株

大和證券株式会社  七拾五万株

第参条 本株式の売出要項は左のとおりとする。

一、売出株数    壱百五拾万株

一、売出価額    壱株につき金参百弐拾円

一、売出株数単位  五百株またはその倍数

一、売出期間    一月二十日から一月二十四日まで

一、株券受渡期日  一月二十八日

第四条 乙は、本株式の売出にあたり、その一部を他の証券業者に委託することができる。

第五条 乙は、本株式に対する払込金として、昭和三十六年一月二十六日までに甲乙協議の上決定する払込取扱場所へ壱株につき金参百弐拾円を払い込むものとする。

第六条 本株式の引受手数料は、壱株につき金九円とし、払込後遅滞なく甲から乙に支払うものとする。

第七条 本書に記載のない事項は、その都度甲乙協議のうえ決定する。

第八条 不可抗力とみなされる事態の発生により本契約の履行不能となつた場合は、甲乙協議のうえこれを解除するかまたは一部を変更し得るものとする。

右契約の証として本書参通を作成し、甲乙各自記名捺印のうえ各々その壱通を保有するものとする。

昭和三十六年一月九日

甲  株式会社横河電機製作所

取締役社長 山崎巌

乙  野村證券株式会社

取締役社長 瀬川美能留

乙  大和證券株式会社

取締役社長 福田千里

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